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多祁御奈刀弥神社

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御朱印 - 多祁御奈刀弥神社
由緒:
我等の聖地「諏訪」其の中央に鎮座まします御祭神の建御名方神は、大国主神(大国さま)の御子神で八重事代主神(えびすさま)は御兄神に当たる。御鎮座の年代について今から約千年前延喜式の神名帳にその名が有り、少なくとも千数百年以上前と言われており、わが国最古の神社の一つに数えることが出来る。又、長野県諏訪市に有る諏訪大社は(宝亀十年(779))阿波から移遷されたとの説もありこれをうらづける説として、
武勇秀でたれば天照大神に豊葦原中国を奉ることを拒み戦ひて長野県信濃國に至り戦利あらず彼地にて崩御、則信濃國諏訪神社尊を奉祀せる官幣大社なり、我諏訪は蓋し尊の御住居地なるか、
一説に尊の戦ひの初めは出雲に近き阿波國の諏訪にて信濃は最後の地なりと有り。更に農耕生産、開運招福、特に武将から勝負の神様として称され戦前戦中氏子が出征する際にはこの神社に武運長久を願ったものである。更に古くは徳島市左古町の山上に諏訪神社あり、これは藩主蜂須賀公が毎年大祭に徳島城より参詣せしが秋季鮎喰川出水の為困難なるにより当社の分霊を此の地に移し佐古の諏訪神社を創立せり。殊に寛文年間(1661~1673)第四世光隆君疱瘡にかかられし際当社に御祈願あり、奇瑞著しかりし事との説が有る。いずれにしても古き時代より氏子は基より、全国の信仰者等多くの参拝の絶えない尊い神社と言われいる。

■歴史
創建年は不詳。現在の社殿は1720年(享保5年)に建築された。
徳島藩主である蜂須賀家からの尊崇が高く、御例祭の際には参拝・代参していた。1627年(寛永4年)には蜂須賀光隆が祈願し奇瑞を著した。また、蜂須賀氏が参拝の際は、鮎喰川の出水に遮られることがあるため、徳島城から近い諏訪神社に分霊したとも伝わる。




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