ログイン
新規登録

武蔵一宮氷川神社

  1.65K
御朱印 - 武蔵一宮氷川神社
由緒:
御由緒
氷川神社は社記によると今から凡そ二千四百年以上、第五代孝昭天皇の御代三年四月未の日の御創立と伝えられます。
御祭神、須佐之男命は天照大御神と月読命とともに伊弉諾命から生まれた三貴子の一神で、八俣大蛇退治など力強く雄々しい神として知られております。
大己貴命は須佐之男命の御子に坐して国土を天孫瓊々杵命(ににぎのみこと)に御譲りになられた国土経営の神です。稲田姫命は須佐之男命の御妃で大己貴命の御母神です。
この御三神をここにお祀りされたのは国土経営、民福安昌祈願のためであって、大和朝廷の威光が東方に及ぶにつれて、当神社の地位も重くなったと考えられています。

神社の鎮座する地は、大宮台地の上にあり、その中でも鼻のように高く突き出た位置にある為、一帯の地名は高鼻町と呼ばれます。かつて神社の東側には見沼と呼ばれる広大な湖沼があり、豊かな土壌を形成する元となっておりました。「神沼」、「御沼」とも呼ばれた見沼は正に豊かな恵みを与えて下さる神聖な水をたたえた湖沼で、江戸時代に開発された見沼溜井は周囲約39キロに及ぶ大貯水池でした。現在境内にある神池は見沼の名残であるといわれ、神域の蛇の池からの湧水が豊富に注がれております。
地理的な点から見ても、見沼をひかえ土地は肥沃で東西南北に交通の便もよく、人々は益々繁栄し今日の基をなすに至ったものと思われます。

第十二代景行天皇の御代、日本武尊は当神社に御参拝し東夷鎮定の祈願をなされたと伝わっております。第十三代成務天皇の御代には出雲族の兄多毛比命が朝廷の命により武蔵国造となって氷川神社を奉崇し、善政を敷かれてから益々当社の神威は輝き格式を高めたと伝わります。
今から凡そ千二百年前の聖武天皇の御代には武蔵一宮と定められ、醍醐天皇の御代に制定された延喜式神名帳には名神大社として、月次新嘗案上の官幣に預かり、又臨時祭にも奉幣に預かる等、歴朝の崇敬を殊の外厚く受けてまいりました。
また武家時代になっては、鎌倉・足利・北条・徳川氏等相次いで当社を尊仰し、治承四年源頼朝公が土肥次郎実平に命じて社殿を再建、文禄五年八月には徳川氏が伊奈備前守忠次を奉行として社頭残らずを造営せしめ、寛文七年三月には阿部豊後守を奉行として社殿の建立をしております。




0



 新しい神社/お寺
 新着記事
~祭神画御朱印~
素鵞神社御朱印
建物が素晴らしかった
春の境内
5月5日大安“戌の日”限定御朱印3種のご案内
当神社は大伴氏の祖先神・道臣命をお祀りしております
狛犬御朱印
3月15日から桜ちるまで
【境内社】幣舞福徳稲荷神社御朱印頒布開始
蛇窪神社から
 人気記事
初、仏教寺院の御朱印
御創建1250年の特別な御朱印!
安江八幡宮
伏見稲荷大社の御朱印
素晴らしい
学問の神様に会いに
鶏のいる静かな神宮
夫婦岩を見に行って
荘厳な神宮
最初に伊勢神宮から御朱印を集め始めて
 都道府県
 人気の神社/お寺