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九重神社
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由緒:
主祭神 素盞鳴尊 (すさのおのみこと)合祀神 倉稲魂命・天照皇大御神・保食命・菅原道真公・大山祗命・伊弉諾命・伊弉冉命・日本武尊・大己貴命・市杵島姫命・木花咲耶姫命・少彦名命・大日孁貴命・彦火々出見命・応神天皇・猿田彦命安行は、大宮合地の南端に位置する。地名の由来は、「昔、中田安斎入道安行と云うものが領せし地なるを以て、実名を取て名とすと云」(『新編武蔵風土記稿』)と伝え、中田安行は初期荘園開発当時のこの地の名主とみられている。当地は、この現在名、安行内の旧原村で、徳川幕府の御料地となり、更に東叡山領(上野寛永寺)が置かれた。大宮台地が舌状に突き出た先端部に鎮座しているのが当社である。特徹ある地形で、その昔、平将門がここに砦を築いたという伝承がある。この丘を、地内の人々は古くから久保山と呼びならわしてきた。小字名の久保の由来は定かではないが、起伏の多い地形で窪地があるため起こった地名とも考えられる。当社の創建は、旧別当蜜蔵院の中興である第一六世法院栄尊が享保年間(一七一六~三六)に、武蔵国一の宮氷川神社(大宮氷川大社)の分霊を勧請したと伝えるが、定かではない。当時この一帯は、正保(一六四四~四八)の改に次いで元禄八年(一六九五)にも検地が行われ、既に村として大きく発展しつつあった。 そこで、より一層の村の発展と平安を願い、国土開拓の神、作神として名高い氷川神が村鎮守として祀られたのであろう。江戸期の家数は化政期(一八〇四~三〇)には九八軒で、当時としてはかなり経済力を有していた地である。当社の内陣には、本地仏として十一面観音像が祀られていたが、明治初年の神仏分離の後、この観音像は現存していない。当社は、明治六年四月に村社に列格した。明治四十年六月には合祀政策により、字小清水の稲荷社、字市場の稲荷社、字根谷の稲荷社、字久保の神明社、字沖田の稲荷社、同境内社の天神社、大字北谷字東の村社稲荷社、同境内社の天神社、御嶽社、大字小山字流の村社氷川神社、同境内社の天神社、稲荷社、大字慈林字村中の村社氷川稲荷合社、同字稲荷木の稲荷社、大字藤八新田字道下の村社菅原社、同境内社の稲荷社、厳島社、同字の浅間社、大字花栗字流の村社稲荷社、同境内社の天神社、大字赤山領家字中道西の村社神明社、同境内社の淡島社・熊野社・敬愛神社・天満社・疱瘡社、大字吉蔵新田字中道東の村社八幡社、同境内社の御嶽社、菅原社、猿田彦社、同字稲荷社、大字苗塚字塚前の村社稲荷社の三十二社が当社に合祀された。そこで、各大字の村社が九社合併したことにより、社号を氷川社から現在の九重神社に改めた。当社は、地内第一の神社として老若男女の崇敬厚く、人々の心の拠り所となってきた。特に戦時中には武運長久と出征兵士の無事が祈られた。しかし、大東亜戦争後の混乱期、浮浪者の為に昭和二十三年には社殿焼失の憂き目に遭ったが、氏子一同の敬神の念が結実して社殿が完成し、昭和二十六年十月十五日に竣工式を斎行した。
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