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芽生神社

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御朱印 - 芽生神社
由緒:
御由緒
「芽生」の文字は縁起が良い。メムはアイヌ語であることは知られておりますが、何時の頃からか分からないが、芽生の漢字が当てられるようになり、神社本殿が落成した明治33年10月4日、芽生(メム)神社と奉称することが決められました。

メムと書くよりも、漢字で芽生と書くことが縁起が良いと言われております。「めぐみ」「めばえ」と読めるからです。芽生(以後 めばえ と読む)は恋が芽生て結ばれた二人に愛の結晶が芽生、子供が誕生し子孫が繁栄することになる。作物は芽生があってこそ実が成る。何事においても芽生が肝心で、事の起こりの意味も含まれております。

明治22年奈良県吉野郡十津川郷を大水害が襲った。明治26年十津川百戸団体が芽生(メム)の地に移住し、開拓したのが開村の端緒であります。移住者は遠く墳墓の地を離れ、親戚知己の縁なき本道に移住したので、厳かな神社が必要であると決議しました。当時、開拓事業を推進した東武氏より嘱託を受けた、元奈良県吉野郡十津川郷士浦典相(ウラ テンソウ)氏が、和歌山県紀伊国官幣大社熊野本宮に参向し、明治27年3月23日家都御子大神の御分霊を拝受し、御神体を捧持して、深川村芽生8号川1線に、同年5月15日に着任、浦典相氏所有地に一小社を設け、ここに御分霊を御遷座奉斎奉仕したのが芽生神社の創始です。よって5月15日を神が芽生に御鎮座した日としております。

芽生神社本殿は、昭和46年5月20日深川市有形文化財に指定されています。 昭和12年拝殿を改築するに当たり本殿について協議、「開拓先人の遺産として本殿は永久に保存し後世に伝うべきである。」と衆議一決し拝殿改築と同時に本殿を永久保存するため屋根を銅板葦とし、その上に風雨霜雪から守る上屋鞘掛(さやかけ)を新築しました。よって現在では社殿の屋外から本殿を見ることは出来ません。

下記のは、写真上-本殿  写真中-拝殿から見た本殿  写真下-浦典相が熊野本宮大社より御神体とともに棒持した御分霊証。現在の様子の動画。




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